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水墨画ファン待望の墨の宇宙
2002年、「日本の美術」シリーズの記念すべき第1巻として『水墨画』を刊行いたしました。圧倒的なボリュームと内容で大好評を博し、多くの読者の皆様に水墨画の魅力を堪能していただくことができたと自負しております。
2010年、シリーズの第5巻として、再び水墨画に脚光を当てます。
序
辻 惟雄 つじのぶお MIHO MUSEUM館長、東京大学名誉教授
〝それ画道のうち、水墨を最と為す〟、これは水墨画の父といわれる王維の言葉である。彼の活躍した八世紀・唐代に、水墨山水画はそのかたちを整えた。五代から北宋にかけて、水墨画は山水画において空前絶後の高い表現に到達し、人物画、花鳥画とレパートリーを増やし、潑墨のような斬新な手法も考案して、黄金期を迎えた。続く南宋から元・明と時代が下がるにつれ、水墨画は、一貫してその作画理念を主導した文人たちの、脱俗隠逸の思想と文学趣味との結びつきを強め、かつての山水画の、宇宙的といえるようなモニュメンタルな大きさと全体性を弱めて、詩的な叙情を画中に籠めるようになる。と同時に禅思想のイメージ化としての役割が与えられるようになる。日本の水墨画が生まれ発達したのは、ちょうどその時期、鎌倉時代から室町時代にかけてであった。
鎌倉末から南北朝にかけては、日本の水墨画の揺籃期・成長期ということができる。可翁、黙庵といった絵の得意な禅僧が、中国の禅僧の手がける道釈画(仏教・道教に関る人物像)を軽妙な略筆で描いた。道釈画では明兆が大画面の観音や蝦蟇・鉄拐図に奔放な筆を振るった。
宋・元の水墨画の渡来は鎌倉時代からあったが、南北朝の動乱が終わり、足利義満が明との通商を積極化するに及んで、馬遠、夏珪、牧谿、玉澗ら、南宋・元の名手の作品が続々と到来し、その刺激で、日本の水墨画も手法・表現内容の両面にわたり、飛躍的に向上した。如拙、周文、能阿弥、雪舟、雪村と続く、多くは禅僧出身の水墨画家の名手の輩出によって、日本の水墨画は中国のそれの模倣から一歩抜け出し、日本の風土と自然空間に根ざした独自性を獲得する。なかでも大きな存在は雪舟であった。《天橋立図》は、日本の名勝を水墨で描いた名作である。
その間、それまでかなり恣意的に取り入れられていた中国水墨画の名手たちの手法を整理して、学習に適するよう体系づけたのが狩野元信である。かれの拓いた狩野派は、以後、幕末にいたるまで画壇の権威として続いたが、狩野派の手法の基本にあったのは、元信が形式を整えた水墨画法であった。
桃山時代には、狩野永徳、狩野山楽、長谷川等伯、海北友松らが、金碧極彩色の障壁画に健筆を振るうが、同時に水墨画は、かれらの重要なレパートリーだった。長谷川等伯の《松林図屏風》は、日本的水墨画の最高傑作として名高い。
江戸時代に入ると、水墨画はやまと絵系を含めたさまざまな流派や、個性ある画家により、さらに多彩な展開を見せる。俵屋宗達の水墨画には、墨を色彩の一種として扱う斬新な態度が見られる。禅僧白隠の達磨図には、技法を越えた強靭な精神の力が見る者に迫る。
元・明の文人が始めた中国南宗画の新しい手法は、江戸中期に日本に移植され、日本文人画または南画と呼ばれる水墨画の新領域を展開させ、池大雅、浦上玉堂、与謝蕪村、田能村竹田ら、多くの才能を育てた。円山応挙は、当時流行し始めた西洋画の合理的視覚を取り入れ、水墨画の伝統との折衷のなかに、分かりやすい水墨画の技法を編み出し、その影響は近代にまで及んでいる。
江戸中期、黄檗宗を媒介として日本にもたらされた、新たな禅僧の墨戯ともいうべき、略筆の花鳥・人物画は、僧鶴亭らによって京都にもたらされ、新しい水墨画法として伊藤若冲らにより試みられた。曾我蕭白は、桃山水墨画のスケールの大きさを受け継ぎ、白隠の影響のもと、独自の個性的な水墨画風をつくりあげた。谷文晁は、中国画に負けない、墨痕淋漓な山の姿を描いた。
近代に入り、水墨画は引き続き日本画に不可欠のレパートリーとして重視され、数多くの秀作を生んだ。そのなかで、水墨画の伝統に新しい息吹きを与えた画家として、横山大観がまず取り上げられるべきだろう。日本画家に対し、南画家・富岡鉄斎の生命感あふれる仕事も忘れることができない。水墨画の精神性にこだわり、深い思索的な表現を追求した村上華岳の作品も輝きを放っている。
現代では小松均の《雪の最上川》のような、技法の伝統にこだわらない闊達な表現が注目されるが、最後に、今の水墨画家の伝統派を代表する斉藤南北の《葡萄図》を取り上げておこう。葡萄の実のつややかな触感や、蔓の微妙な動きを墨一色で完璧にあらわしている。このレベルに到達するのは並大抵ではあるまい。
水墨画の略々史を掻い摘んで述べたわけだが、そこに、近世のいわば一種のアカデミスムを形成した狩野派から、「奇想の系譜」の画家までを含んでいることは、特筆していい。幅広く自由な使い方のできる毛筆を用いた水墨画法の可能性を示す事実であろう。
毛筆の持つ自由さ、というとこんな疑問を呈する人がいるかもしれない。鉄とコンクリートで固められた現代の無機質な風景は、昔の牧歌的な風景を描くべく作られた毛筆による表現にふさわしいだろうか、と。確かにそれはいえる。だが、墨と毛筆による絵画は、光と影の微妙なうつろい、生き物の動き、あるいは「写意」すなわち対象に触発された心の動きを表すのに適しており、この特性ゆえに、わが国の絵画史上多くの画家たちによって描き継がれた。現代の水墨画の可能性もまた、ここにあると思う。